慧眼日記

慧眼のラジャ。リアルな日常。

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中学生の時、絶望していた

僕の生涯で、中学生2~3年生の時が地獄だった。


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「いじめ」ってやつ。

うん。けっこうエグかったよ。

何度、風呂場で泣いた事か(笑)

いじめを受けているって確信したのは、集団でリンチされた時。

たしか、運動会かなんかの練習で、僕がヘマやらかした時に見せしめとしてやられた。

それまで、友達だと思っていた連中にこっぴどく殴られた。

悲しかったね。

「元々、お前が嫌いだった。」

幼稚園からの幼なじみにそう言われながら、殴られた。

この時、生まれて初めて顔面を本気で殴られた。

泣いたよ。もうやめてくれ!そう叫びながら、ボロボロ涙を流しながら。

その時、僕をリンチしていた奴らの表情はいまでも忘れない。

まるで、ゴミを見るような目。

倒れている僕に、彼らは蹴りを入れ、唾を吐き捨て小便をかけた。


「チクったら殺す。」


そして、リンチは終わり、僕は泣きながら家に帰る。

ボロボロになった僕を見て、母親は驚いた。

何があったのか、誰にやられたのか、学校に連絡するから、、、

「もう、終わったからやめてほしい。」

そう、伝え僕は風呂に入った。

涙が止まらない。悔しさと情けなさに襲われて、声を出して泣いた。

なぜ、僕がこんな目に合わないといけないのか。

1時間くらい、風呂に浸かった。

その後は、僕と母親で夕飯を食べる。

僕が大好きなチキンカツ。

ケチャップとマヨネーズをたっぷりかけて食べるのがこの頃のマイブームだった。

これみよがしに、「おいしい?」と聞いてくる母親。

その瞬間、また泣きそうになった。

心配をかけて、すまないという気持ち。

食事が終わった頃、父親が帰宅。いろいろと聞かれたが、一方的にやられたとは言えない。


子供の喧嘩。


それで、話は終わった。


翌日、学校へ行くと「まるで何もなかったように」皆接してきた。

リンチしてきたグループの1人が、昨日はごめんね!と謝罪してきた。


全然いいよ!


ああ、僕は許されたんだ。よかった・・・。


もう、殴られないようにしなくちゃ。彼らの機嫌を損なわないようにしよう。


本気で、そう思った。


ほんとにバカだな(笑)


率先して、彼らの子分として働いた。


いわゆる、パシりってやつ。


彼らの為に、ジュースやタバコを万引きしたり、喫煙の見張りをしたり、彼らの「集会」へも積極的に参加し、いつも笑顔でペコペコしていた。

おもしろい奴だ。


僕がパシりになった最初は、そんな雰囲気だった。


しかし、状況は転じる。


そのグループの1人が、いきなり僕に殴りかかってきた。


「お前見てるとイライラするんだよ!ヘラヘラして人の顔色ばっか伺いやがって!このクソが!」


またボコボコにされた。


奥歯が抜けるくらい殴られた。


また、風呂場で泣いた。


(でも、また許してくれるだろう。)


そう思い、学校に行くと


朝っぱらから、そのグループの1人に殴られた。

どうやら、彼らの中で僕をいじめようということになっていたんだと思う。

グループの中のそれなり優しく接してくれていた奴も、態度が冷たくなり理由もなく僕を殴った。

皆が僕に暴力を振るってくるようになった。

廊下ですれ違えば蹴られ、トイレで会えば胸ぐらを掴まれ壁ドン。

「はよ、死ねや!」

「お前、汚いんだよ!」

「このパシり野郎!」

そのグループの後輩にも、バカにされる。

そして、日々の仕打ちが厳しくなる。

カバンの中身を毎日ひっくり返され、バスの回数券は取り上げられ、おカネも取られた。

ゲームやマンガ本も献上し、万引きに行かされる頻度も多くなった。タバコやお菓子以外にも、服やゲームなどとそれなり高価なものを盗んでくるよう言われるようになった。

しかも、盗ませといて僕が万引きをしている事を教師に報告するという鬼畜っぷり。

教師は僕に言った。

お前みたいな奴は、ロクな大人にならん。

はい。その通りです(笑)

この時、僕には笑顔が張り付いていた。いつもヘラヘラして、過剰に笑う。

道化を演じていたら、本当にピエロになっていた。

そんな僕を、傍観していたクラスメイト達も面白がっておちょくってきた。

クラスのお調子者。そんなレッテルをはられ、教師にもいじられるようになった。

スーパーパシり君ラジャ!

そんな不名誉なアダ名を教師が僕に贈った。

まあ、実際間違ってはいない。的確なネーミング。


下級生の階に全裸で行かされたり、ブスに告白させられたり、他校に1人で殴り込みに行かされたり、給食をシャリ上げさせられたり、ジュースの自販機を破壊させられたり、カエルを食べさせられたり、とにかく無意味に殴られたり


いろんな事があった。


とにかく1日に1回、何かをさせられる。


恐らく、いじめの所業はほとんど体験したんではなかろうか?

しかし、不思議な事にそんな日々が続くと慣れる。

もう、泣かなくなった。

むしろ、彼らから出題される無理難題をサクッとこなす事に変な達成感さえ感じていたのかもしれない。

まあ、そんな僕でも1度だけ「反抗」した事がある。


当時、僕の家庭は経済的に困窮していた。
母親が借金をこさえていたんだ。

いじめグループの1人に僕の幼なじみがいる。そいつが僕の家庭事情を暴露し、僕の母親をディすった。
そいつは、昔から僕の母親を知っており家族ぐるみでの付き合いもあった。

この時は怒りを覚えた。

さんざん、僕の母親に世話になったくせに。

悔しくて悔しくて、僕はそいつに飛びかかった。

すると、即座に集団で僕の攻撃は阻止されマザコンと罵られながらボコボコにされた。

もう、涙は出ない。

ただ、殺意というものが込み上げてきた。

殺したい。

しかし、翌日になればいつも通りの僕に戻っていた。親をバカにされても、ヘラヘラして彼らといっしょに僕の親をバカにした。

完全に歪んでいた。

おかしくなっていた。

もはや、この地獄が地獄とは思えなくなり1日1日を淡々と生きた。

そして、このいじめは卒業前にスパッとなくなった。

転校してきたヤンキーが

「これって、いじめ?カッコ悪いよ!」

という素敵な一言がキッカケだった。

そのヤンキーは異彩だった。明らかに周りとは違う雰囲気。恐らく相当な場数を踏んできたであろうその威圧感。

そんな彼が放った一言で僕へのいじめはなくなった。

ヤンキーのたった一言で。

いじめていた奴らにも、多少は罪の意識があったんだう。

止めるキッカケを探していたのかもしれない。

いじめが無くなったそのときから、皆が僕に優しくなったが腫れ物を扱うようなたどたどしさもあった。

今、思い返してみると、たったそれだけの話。

「いじめに遭った経験は財産になる。」とかいう有識者もいるが、僕はそう思わない。

忘れられるなら、忘れたい。

おかげで、僕は「人」というものが怖い。

いまだに。

当時、いじめいた奴らは、この事を忘れているかもしれない。


それでもいい。


覚えていた所で、そんな思い出は彼らとって鼻くそ程度の出来事でしかないだろうから。


まあ、そんな感じです。


ラジャ

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