慧眼日記

慧眼のラジャ。リアルな日常。

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悪い事をするとバチがあたる。

この世の中で生きていると、この言葉は誰でも知っているだろう。

もし、知らない方がいたら教えよう。

悪い事をすると、バチが当たるのだ。

それは、僕の実体験に基づいている。

昔、こんな事があった。

小学校低学年の時だろうか。当時、仲間内で流行していた遊びがある。自転車で、山の斜面を下るという田舎ならではの遊び。
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もちろん、スポーツというコジャレた概念はない。

単純に「おもしろかったから」やっていただけ。

その遊びは、常に危険と隣合わせ。

木々が生い茂るデコボコの山の斜面を、自転車で駆け降りる。

そこには、子供ながらの度胸試しという幼稚な感情も入り交じっていた。

もちろん、ケガをした子もいる。木々に突っ込んだり、デコボコに車輪をとられて転んだり、失敗すればそれなりのケガをしていた。

その危険を恐れて、辞退する子がいれば

こん!ビビりが!

という不名誉な言葉をぶつけ、人間性を批判し子供社会の中で「ビビり」というレッテルを貼り付ける。

かくいう、僕は「できる側」の少年だった。

山の木々を交わすハンドルテクニック。
斜面のどんな凹凸にも対応できるバランス感覚。

なんで、こんな簡単な事が出来ないの?
完全に天狗になる。

仲間達なそんな天狗を称賛していた。


だが、ただのバカだ。


失敗した時のリスクがまったく想像できない、哀れなクソガキ。

こういう奴は、もちろん痛い目をみる。

この遊びに限った事ではない。実際に失敗をしないと理解できないのだ。

ちなみに、今でも僕はそのタイプ。

子供の頃から変わっていない(笑)

で。

その日。僕達は神社にいた。
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当時、神社やお寺の境内は格好の遊び場。

僕の人生において神社という場所には縁がある。

初めてケンカしたのも、初デートも、童貞を捨てたのも、神社だった。

懐かしいなあ。

そして、今回の悲劇は神社から始まる。

その神社は無人で、大人の出入りはほとんどなかった。夕方は子供達が遊び、夜になれば中高生の溜まり場となっていた。

そこに、たたずんでいた賽銭箱。
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当時、おカネには無関心だったが、おカネがあればゲームや遊戯王カードが手にはいるくらいの認識しか無かった。

賽銭箱に手を付ける。その行為は、その場にいた全員が「悪」だと理解していた。
もし、見つかれば親や学校の教師、大人達にこっぴどく叱られる。

これが、当時の僕らの中では1番の恐怖だった。

しかし、皆で叱られれば痛みが分けられる。

赤信号。皆で渡れば怖くない。

そんな集団心理が働いていたのだと思う。もちろん、「いや、僕はやらないよ!これは悪い事だ!」という勇敢な猛者もいるにはいた。

しかし、少年の正義はこういう場合届かない。

結局は、悪に飲まれて、悪に染まる。

そして、僕らはそれぞれがポケットにパンパンになるくらいお賽銭を盗んだ。

やってやったね!

そんな興奮を味わいながら、僕達は近所の溜まり場になっていたクリーニング屋に向かった。そのお店はクリーニング屋だったが、駄菓子やトレーディングカードを販売しており、その界隈の子供達にとっての社交場となっていた。

そのお店で、さっそく遊戯王カードを購入しようと盗んだ大量の汚い小銭を店員のおばちゃんに渡す。

おばちゃんは言う。

「このおカネはどうしたの?」

汚れて錆びくれた硬貨を、見つめておばちゃんは不審な顔をした。

一同は沈黙。

察するおばちゃん。

顔をパンパンに赤くし僕達を怒鳴り散らした。

お前ら、これ盗んできたやろ!

1人の少年がおばちゃんに腕を掴まれる。
この瞬間、僕達は逃げた。

やばい、やばい、バレた!

捕まった友人を見捨てて、僕達は自転車をモリ漕ぎ。神社に戻り、作戦会議。

いや、作戦会議ではない。

罪の擦り付け合い。

無計画な稚拙な犯行に、状況を打開する方法など存在しない。

出来る事は「いかに自分は悪くないか」を主張し、罪から逃げる事。
1人の少年が捕縛された事で、悪事がすぐに露見する事は子供ながらに分かっていた。

「お前が言い出しっぺだ。」

「僕はやろうとは言ってない。」

「だいたい、やりすぎなんだよ。」

こうなると、収拾がつかない。

結局、「あの遊び」をして解散する事にした。

あの、ナチュラルな山の斜面を自転車で下るという遊び。

なぜ、この状況で普通に遊んで帰ろうとしていたのか、思い返しても謎だ。
ましてや、友人が1人捕まっているのにもかかわらず、帰宅すれば親に叱られるというのに、普通に遊んで帰ろうという、その行為は狂気を感じる。

僕達は、いつものようにその山に行った。
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何もなかったかのように、ごく普通にそこにいた。

そして、一発目。

僕だった。

この遊びのパイオニアだもの。当然だ。

皆が羨望の眼差しを送る中、僕は山の斜面を自転車で駆け降りた。

へい!へい!へい!すげーだろ!

風になる。
木々の間をすり抜け、尋常ではないスピードで斜面を下る。

めちゃくちゃ気持ちよかった記憶。

その光景は、今でも脳裏に焼き付いている。

忘れられない。


そして、ゴールの直前。

罰が発動。賽銭箱からおカネを盗んだ罰。友人を見捨てた罰。

・・・ブレーキが効かなくなった。

スコスコ。


あれ?っと思った時には

僕は泣き叫んでいる状態で、友人達に囲まれていた。

腕が痛い。

痛すぎた。

何が起こったか理解できなかった。ただひたすら、腕が痛い。

もう、痛くて痛くて泣いて叫ぶ事しかできなかった。

少し時間が経ち、ある程度状況が理解できてくる。心配そうに僕を囲む友人達。遠くから聞こえる救急車の音。「大丈夫か?」と話しかけてくる知らないおじさん。

ああ、やっちゃった。

「あの遊び」で失敗したんだ。

そして、僕は救急車で病院に運ばれ左肩の脱臼、左肘複雑骨折、左手首複雑骨折という診断を受け入院することとなった。

どうやって、そんな大ケガをしたのか覚えていない。この事件は、ブレーキが効かなかった瞬間から腕が痛くて泣いていた瞬間までの記憶がない。


可哀想な奴だ。お見舞いにきた友人達は、皆そんな目で僕を見た。

親も可哀想に可哀想にと、優しく労ってくれた。好きな食べ物、ゲームボーイのカセット、欲しいモノはすぐに用意してくれた。

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うん。うん。ケガをするのも悪くないなと思ったのも数日。

あの悪事を親に突っ込まれる。

なにやら、クリーニング屋のおばちゃんから聞いたそうだ。

意外と事件の発覚が遅かった。

僕のケガによって、うやむやになっていた賽銭泥棒事件も、クリーニング屋のおばちゃんのタレコミにより数日の猶予をもって表舞台にさらけだされる。

学校には、友人達の親が申告したらしく僕以外の実行犯達は校長室でコッテリ絞られたそうだ。

僕の場合は、病室で親に泣かれ、お見舞い?に来た担任の教師からこっぴどく叱られた。

しまいに、親はこう言った。


お前がケガをしたのはバチだ。


実際にケガをした僕にとって、その言葉はずっしりのし掛かり、その後の人生観を大きく変えた。

悪い事をするとバチが当たる。

・・・でも、仲間達は?という疑念も沸いたが、少なくとも僕はバチを受ける人間だということで納得している。

そして、この記事を書いている時にもう一つの疑問が沸いた。

あの時、盗んだ賽銭はどこにいったんだろうと・・・。


つづく。

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