慧眼日記~修羅編~

思った事を書いてるだけ

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あの大社長へ捧ぐ

まだ僕がちょっと若かった頃、建築現場でバイトしていた時期がある。職人気質の厳しい親方、一歩間違えば仁義で愉快な仲間達と共に紡いだ思い出は本当に懐かしい。

たしか、デカい船の改修工事の時だった。

その大社長と出会ったのは。

彼は僕と同い年だったが、彼はすでに社長で従業員を引き連れてその改修工事に参加していた。

仲良くなったキッカケは覚えていない。

気付けば飲みにいく仲になっていた。しかし同い年ながらその立場は僕の方が下。敬語で接していたし、飲み代は全て彼の奢りだった。

僕は彼の事を実際に「大社長」と呼んでいた。ここだけの話だが、その呼称はちょっとだけディスりも含めている。

しかし、彼はその呼称を存分に気に入っていたのは事実。

そんな人だ。

大社長は俗にいうキンキンなヤンキーだった。

昭和のヤクザ映画から飛び出してきたような出で立ち。角刈りに深く剃りを入れ、ブンブン仕様の作業服で、手首や胸元からチラチラと和彫りを見せつけてるようなブラックアンバサダー。

もちろん、仲間に対しては妙に優しい。

「仲間」とか「家族」とかそういうのが好きなのは必然。

なにより、彼は電話が大好きだった。ヒマさえあれば用事もないのに電話してくるし、飲んでいる時も高確率で誰かと電話していた。

まあ、鬱陶しかったけど、本当に友達想いというかなんというか…。

そして、僕がそのバイトを辞めてからはたまに電話がかかってくるくらいで飲みに行くこともなくなり月日が流れた。

電話もいつの間にか途切れる。

それから数年後、地元のスナックでバッタリ出くわすが、彼といっしょにいた人々があまりにもアレだった為僕は身を隠し気付かれないようにして店を出た。

別に一言くらい声をかけてもよかったが、その集団の迫力に圧倒されブルッたのは正直な話。

で、そこからさらに数年後。

その大社長が病気で入院したと、SNSで知ることとなる。しかし、その当時からすれば連絡を取り合っていた頃からずいぶん時が経っている。今さら連絡しても、最悪忘れられている可能性もあるし、逆に僕も特に話したいとかそういう気概すらなかったのが事実。

入院したんだな…くらいの感想だった。

そして、先日の事だ。

ふと、彼の事を思い出す。ちょうど、アウトレイジという映画を観ていた時だった。

彼のSNSをチェックすれば、あの入院の頃から更新されていなかった。もしかして最悪死んでんじゃなかろうかと、Google先生にいろいろ聞いてみた。

すると、衝撃の事実が判明。


シャブでパクられとるやん…


もはや遠い存在になっていた大社長であったが、その事実を知ればなんとなく悲しくなってしまった。

一体、なにがあったのか、どうしてそうなったのか、今の僕には知るよしもない。もはや、ショックにうちひしがれる以外は何もできない。

時に、この記事にオチはない。

ただ、ショックなんだよという僕の想いを書き留めておくだけ。

悲しいなあ

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